07月31日 01時40分
セラピストは、場の空気が腐ったように感じた。そしてこの空気の責任者である自分にイライラしはじめていた。
藤田先生は教師であり、学校を代表して、セラピストに問題を教えにきた人である。
問題行動の紹介やその原因など、「少年は問題児」との枠組みに沿った交流を多く取ろうとするのはあたりまえのことである。
しかし、欲しいのは解決の糸口でもあるはずだ。
一方、母親は少年の責任者とみなされ、社会的に負い目をもつ人である。
本心はどうあれ、立場上、やはり「少年は問題児」との枠組みにそって交流せざるえないのかもしれない。責任者としての自分を責め、少年を非難せざるえないのかもしれない。
もちろん、本心から「少年は問題児」との枠組みに縛られているのかもしれないが、それでも心は泣いているはずである。
そして少年こそ、その枠組みと、それによって拡大されたドラマに苦しんでいる主人公である。
その人たちを前にして、いったいいつまで「少年は問題児」との枠組みにつきあえば気がすむのか。
セラピストのイライラはほとんど頂点に達していた。そして、やっと起動したのである。