08月02日 00時53分
一か月後の最終回。
藤田先生と母親が、父親のことを勇んで語る。
それまで、今回の件から逃げ腰で、少年にかかわろうとしてこなかった父親が、ある日、少年を近くの岬まで連れていき、こう語ったというのである。
「今までおまえと真剣に話をせずにすまなかった。それでもお父さんはおまえのことを心から心配していた。だからおまえも、もう二度と事件を起こさないでくれ。それを約束してくれ。それができないんだったら、二人でここから飛び降りて死のう」と。
少年は、これまでのことを父親に泣いて謝り、それを見て、父親も涙が止まらなかったということである。
当初、セラピストにとっては、ちょっとハラハラするようなエピソードだった。
しかしすぐに、それがとても肯定的なストーリーとしてみんなの心に収まっていことを、その表情と口調から知ることができた。
そしてセラピストも、安心して、喜びを共有できたのである。
少年は、少し名残惜しそうではあったが、もうここには来なくてもやっていけると力強く言い残し、面接室を後にした。
セラピストの欲目もあろうが、その後ろ姿は一回り大きくなったように見えたものである。
さて、藤田先生とは、他の不登校の生徒の相談でもおつきあいが続いたこともあって、この二年間、少年の学校でのようすについてしばしば話す機会をもてた。
「また奇跡が起きてますよ!」
藤田先生はよくこのフレーズを前置きに、少年の学校での行動の変化を、友人関係の変化を、とても嬉しそうに語ってくれた。
そのなかから、セラピストの忘れられないエピソードを一つ。
「とんでもないことがあったんですよ!」藤田先生は憤慨した。
「隣の幼稚園から、久しぶりに苦情がきましてね。またそこの児童がパンツを脱がされ悪戯されたというんです」
セラピストは一瞬ヒヤっとした。
「そこで、あの子を呼んで問いただしたところ、私に泣いて訴えるんです。絶対、僕じゃないって……。これはちょっとおかしいと思い、もう一度調査してほしいと幼稚園に依頼しました」
藤田先生の興奮はここで少し収まり、表情は勝ち誇ったように輝いていく。
「そしてたら次の日、園長先生が私のところに頭を下げにこられましてね。実はその園児の語ったことはもう一年近くも前のことだった、それをつい最近のことのように周囲が早とちりし、おたくのあの生徒にちがいないと、すっかり思い込んでしまった、まことに申し訳ない……。ホント、一度貼られたレッテル、先入観ほど怖いものはありませんよね!」藤田先生はあきれ顔である。
「……で、それをあの子に話したら、あの子、どういったと思います?」先生の顔に会心の笑みが浮かぶ。
「今までのことがあるから、僕が疑われてもしかたない。これからのことで、信用を取り戻すんだって!」
そして少年はこの春、中学を無事卒業、地元の高校に進学した。
”セラピストの技法 日本評論社”から引用させていただきました。